「浦沢直樹の漫勉neo」。
安彦良和先生は、まるで居合の達人みたいだった。
安彦先生の筆は、人の感情が空間を支配する様子だけでなくて、支配が発生し始める一瞬までも蒸着してしまう。
この世のことどもは全て、人の気が起こすものだと、まざまざと見せつけてくださる。
鮮度にあふれる、気合そのもの、情報量の膨大な、美しい線描の理由を垣間見た。
真っ白な画面に対峙して、最初の筆をおいて描き出すまでの時間は怖い。ひるむ。
その恐怖を乗り越えるだけも胆力は相当なのに、眉と目から描き始める。そこに最も感情が表れるから。
感情と気の流れを起点/基点に、登場人物の身のこなし、緊張と弛緩のバランス、心身ともの動き、シーンの運び全てが決めてゆけることは道理なのだけれど、それを創作者として自由自在にこなせるかどうか、プロとして作品製作の現場で締め切りを守るペースで継続できるかどうかは全く別の話。
浦沢さんのおっしゃる通り、「身がもたない」ことは素人でも容易に判る。
本気を出し続けられる神域に到達されている点、躍動感の傑出した活写の文脈でいうとミケランジェロをも彷彿とさせられた。当時も今もそしておそらく未来永劫、天才と呼ばれる強度を持ち合わせている彼は、大理石の塊の中に彫像を見切っていたという。彫り上げた彫像に「なぜ、動かないのか」と問うたという逸話を思い起こしていた。
#乾と巽ーザバイカル戦記