自分の名前も忘れるほど

あめちかる storyteller 鳥山美由紀( とりやまみゆき Miyuki TORIYAMA ) のブログです。

土壌データのリトマス紙

2022年も半ばを過ぎて、梅雨も明けた。

植え込みの紫陽花も様子が変わった。

紫陽花の魅力のひとつは、自分が置かれた土壌の性質で色彩が変わること。自分の育まれた場所を肯定して、誇っている感じがする。

今ここにあることを拠り所として、大地に足をつけて、自分に出せる色で生きてる。

土壌データのリトマス紙みたいだ。

属名のハイドランジアは、ギリシャ語で『水の器』を意味するのだとか。

水は命に不可欠。その器、だなんて!

 

できる限り早く私も、水五訓な水の器となって、しなやかに潤いを与えられる側にゆきたい。

 

ゆるがせにしないということ

アニメ「平家物語」、映画「犬王」とにわかに平家物語づいている私。

国語で学んだものがたりの導入部分は、いまだに誦じられる。名場面とされる「扇の的」はじめ、折々に描写される鎧装束のくだりが、すぐ立ち昇った展示を鑑賞してきた。


梅田阪急百貨店9階で開催中の、「日本の染織の1400年」展は美事だった。紋様に込められた念と職人さん方の練度による昇華は、美の底に沈殿するおどろおどろしさすら漉く。

 

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画像引用元
https://www.hankyu-dept.co.jp/honten/h/gallery_senshoku/index.html


私は特に、天平時代の染めを見るたび、極めて分かりやすくしずる。垂涎ものとはよくいったものだ。

色彩感覚といい、紋様の不思議さといい、味わいがある。

それらは、顕微鏡で初めて確認した葉緑素の流動、望遠鏡で初めてとらえた青白い恒星、そうしたミクロとマクロの美の両極に接続される心地がするのだ。


今回の展示の白眉は、古代草木染を復活させた試み。これを刮目することを求めて、会場に伺った。


会場正面に鎮まるは、華やかな鎧。

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途端に平家物語の高貴な人の鎧装束の描写が、脳内に溢れ出す。それは人物造形であり、プロファイルであり、その人の心意気の描写だった。

歌舞伎でもそうだが、対峙した相手の風貌から「器量」「人格」を見抜くくだりがよくある。ただものではない、これはひとかどの人物だ、と。

武道でも、向き合っただけでお互いの力量が判るという。


美は自らの分を保ち、場に同期し、諍いの予見すら制する。究極の自己肯定感の装置だ。

装いは、時代の気分や内面との接続かつ拡張だ。着こなせてこそ、それは倍音となって視るものに響く。


古代草木染のコーナーには、染料となる植物のサンプルも展示されていた。

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ご担当の方の爪先が美しかったので、写真に収める許しを得た 染料は禁色の「麹塵」

 

たまたまこの日の朝、恒例の一家総出の梅干しの仕込みをした。農家さんから軸付きの赤紫蘇をいただく。軸から葉を千切り、水洗いする。それだけで水は濁る、追加の水を注ぐと泡立つ。てのひらを覆う独特の感触。水切りすると現れる葉の弾力。塩もみすると海苔のように深まる赤色。一気呵成に始末し、甕に容れる。

梅のたぷんとした可愛らしい顔立ちの上に、赤紫蘇を乗せて香りが交わる瞬間も美しい。

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それらの手触り、匂い、色のうつろいを、紫根のサンプルからも容易に想像できた。

 

染料たちは、さながら漢方薬のようだった。染めの工程も、煮たり、さらしたり。頃合いを狙い続ける、梅干しなどの仕込みものと同じだ。


特に思い入れのあるものはありますか?とヒントを乞うとご案内頂いたのは、「むらさき」。奈良の萬葉植物園で拝見したことがある。6月に小さな、控えめな白い花を咲かせる。梅雨のあるこの国で、雨に弱いという繊細な植物のため、栽培はきわめて困難らしい。

https://www.kasugataisha.or.jp/manyou-s/guide/


文字通り耕し、貴重な種を預かり、蒔くところから復元されたという古代染めによる鎧は、まさにアートピース。写真に移し取りようのない色調なので、眼に焼き付けた。

 

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護符のよう。あらかじめこの姿で存在したかのような佇まい

白色の当て方も、知りたい


このような、ゆるがせにしない仕事にはいつも心揺さぶられる。

個人的に成人式の振袖は古代紫を選ぶほど、紫色に魅了され、アイデンティティも感じている。周りが赤やピンクばかりの中、「むらさき」の選択肢自体が僅か。そこから気に入りを見つけられた時は、祝祭を受けた心地になったほどだった。

再現された「むらさき」は朝の光、襖越しの光、蝋燭の色の下でも観てみたいにおやかさだった。


ところで古気候学によれば、平安時代は温暖だったらしい。そういえば絵巻でも、御殿の冬の描写で素足だったことを覚えている。

 

会場には、細尾さんによる鉱物のプレパラートのような"sediment"のパネルもあった。

いかにも、なよびか。触れてみたかった。

https://www.hosoo-kyoto.com/jp/collection/9170.html

 

蛇紋岩バージョンもお願いしたい。

地殻のダイナミズムを調べた時、研究論文の中には「特筆すべきものがない」という意味の記述もあったが。

 

蛇紋岩の存在が、気になって仕方ない。

私のイメージでは、水脈なのだ。そして、海綿のような緩衝的機能の繊維質も想起させられる。

https://www.mindat.org/min-48762.html

美しい。日本では、兵庫県の養父特産の蛇紋岩米が有名。

 

挑戦者たち-梅田蔦屋書店にゴングは鳴るのか

美意識が高い方だな。

それが、大社長その人から受けた印象でした。


本日、伺ったのはこちら。

【『本屋という仕事』刊行記念イベント】高木三四郎トークショー「プロレス的本屋論」(聞き手:梅田 蔦屋書店 北田博充)


https://store.tsite.jp/umeda/event/shop/26652-1516300516.html

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撮影OKとのことで、シャッター音は消して。

オレンジ色のものが新刊「本屋という仕事」。

オレンジ色の服を着ていってよかった。

 

ご自身に対する洞察、エンターティナーとして、経営者としてのありかた、団体、業界への客観と俯瞰とその解像度。

こんなことを書くと、どの立場でなにを上から物ゆうてるねんでしかないけれども、大社長が聡明でいらっしゃることがよく判った。

先駆者ならではの、admin的な泥くささ、なにがなんでもなんとかする、という尊さも。

実践者の肉声って、情報量がテラ。

 

かのプロ野球のレジェンド、長嶋茂雄さんがどなたかを嗜められた際、「自分は常にお客様を喜ばせるには、どうしたらよいかだけを考えてきた(顧客満足度を最優先する、というニュアンス)」、とおっしゃったという。

通じるものを、大社長からも感じた。

ファン開拓のためのアクセス、打ち手も多彩だし、迅速。アジャイルや。

 

それにしても選手と呼ばれる方々という存在、その職業は特別だ。

フィジカルの技芸、圧倒的なパフォーマンスで魅了するだけでなくて、「夢を与える」という役割を否応なく期待される特異な座標でもあるからだ。

 

唐突だけれども自分は、セルフプロデュースが下手くそだ。

人前に立たせていただく機会もあるが、緊張しぃだ。まるで国会か裁判所のような、周囲をぐるりと多数で囲まれる座席構成の場での登壇後、控えに移った折は文字通り膝からくずおれたものだ。回復にも時間がかかる。

プロレスラーの方々は、キャラクター造形が巧みだ。自分の見せ方、見られ方を熟知しておられる。対戦相手との見せ場も。私が求道している、いけばなの哲理「虚実等分」にも通じる。虚実というデュアルシステムを、レスラーの方々は文字通り可視化してしまう。

四方を囲まれ注視されるリング上で、動けてしまう。なにそのアフォーダンス

 

自分は他人様の美点やUSP(Unique Sales Point)ならすぐ見出せるし、そこを声高に押し出せるというのに、自分自身には適用できない。

改めて思う。プロレスラーの方々のあの資質、なんなん?やはり、つまるところはプロ意識?

世界観に没入させるための。

 

閑話休題

パフォーマンス能力というものは、キャラクタライズを納得させる技芸、鍛錬という裏打ちがまずあってこそ。

なによりも、パフォーマンスをリング上でいかんなく発揮するための、腹の据わり方というOSと世相とのアップデートのタイミング。

胆力と瞬発力、ファンとの同期からの駆動、それらはアートワークそのものだ。


聞き手ご担当の梅田蔦屋書店 店長の北田博充さんも、トークの回し方が巧みでいらした。

プロレスがお好きとのことで、今回はいわば憧れの対象との企画。ご本人と間近で語らうなど私なら舞い上がりそうなものだが、トークは小気味よいものだった。距離感がバグらないの。


個人的には「金沢の○○はOKやったんすか」というくだりがハイライトだった。マスク越しでも、お顔がパァアッとなったのが観測できた。

#梅田蔦屋にゴングは鳴るのか?!


「本屋という仕事」著者であり、今回の会の締めかつサイン会の導入部分ご担当の、三砂慶明さんの各書籍に対するレコメンドも熱量が高かった。

高木三四郎さんへはもとより北田さんへ対するリスペクトときたら。リップサービスではなく本気で仰っていることがよく伝わり、こちらまで胸が熱くなった。

「まだ、終わりません」キッパリ。漢(おとこ)や。

佳いものを目撃したな。

あれぞマイクパフォーマンス。


ところで大社長のツイートによれば、「大阪での、こういう形でのトークショーは初めてでした」とのこと。

そんな貴重な機会を刮目できて光栄です。

引用元
https://twitter.com/t346fire/status/1538052433452367872?s=21

 

FIRE

https://open.spotify.com/track/6CljwtqzmaomeSjAnIETjP?si=pnuRx1fTTXKW3klQuYKLyg

 

#DDT

#ドラマチック・ドリーム・チーム

#サイバーファイト

#CyberFight

これはルネサンス

大学論、学問論がご専門の宮野公樹先生が、ロックだ。

「学ぶって何?」学びのプロにインタビューという文脈で、Abema TVにご出演。

今なら期間限定で下記URLから、無料でアーカイブ視聴が可能です。

https://abema.app/u3An

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サムネイルがなんともええ笑顔

 

つくづく、人間自身が情報の集合体、メディアそのものだなと。物理的にも、3ヶ月で分子レベルで細胞が置き換わる仕様だし。

流体には、渦ができる。

どんどん注ぎ込み、流れさえすれば淀むことはない。渦が発生すれば、中心ができる。さらに巻き込んでゆける。

学びは本来的に、更新され続けるところのものだ。

 

宮野先生ご所属の京都大学学際融合教育研究推進センターでは毎月、だれでも、集える場を提供されています。

今月は6/24夜に、オンライン開催。

http://www.cpier.kyoto-u.ac.jp

 

宮野公樹先生の公式ウェブサイトはこちら

https://sites.google.com/site/miyanonaoki20170/

 

最新のご著書 「問いの立て方」 ※いわゆるハウツー本ではありません

https://www.flierinc.com/summary/2619?fbclid=IwAR2mr4mXkVbf1aafTZZ4zX69HE9gOek0bl_97kSvSlXpYxaPMlubDR-s_9s

 

 

#ABEMAヒル

#徳永有美 #テレビ朝日

#新しい資本主義

#学び直し #リカレント教育

#異分野 #専門 #学問 #100人論文

あをによし都のセキュリティ

今の時季、コスモスと紫陽花が同時に楽しめるお寺が奈良にある。

コスモス寺こと、般若寺である。

昨年から、紫陽花をガラスボウルに満たした「紫陽花ボウル」に彩られている。

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ますます「雨の巣」だと想える顔立ち

 

「都が奈良に遷って天平7年(735年)、聖武天皇平城京の鬼門を守るため『大般若経』を塔の基壇に収め卒塔婆を建てられたのが寺名の起こりとされる。」

引用元 般若寺公式ウェブサイト

http://www.hannyaji.com/

 

鬼門。

文字通り鬼、邪気、良からぬものが出入りするとされる方角、艮(うしとら)である。

 

花の美しさもさることながら、良からぬものは存在するということ、その入射角を意識するありかたに胸打たれた。

知識としては、鬼門を知ってはいたのに。

 

あまりに囚われすぎ心揺らいでもよろしくないけれども、そういう招かれざるものに対して、心を護るための重層的な防御を施す必要がある。

知らぬ間に、それは心を蝕むのだから。

 

防御とは字面からして、物々しいが。例えば、花を愛でること、お茶を美味しく淹れて楽しむ。そんなささやかなことでもよいのだろう。

気分を切り替えるスイッチとして、機能するならば。

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お手水も美しかった。

 

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銀杏の葉が、赤ちゃんの手のように福々しかった。

 

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かたつむりの殻は、汚れが付きにくい仕様

 

自分が巻き込まれやすいもの、鬼門にあたるものを覚しておけば「来たな!」と対処もしやすい。

 

平城京。都、仏教という、当時の最新の秩序にアクセス可能なスマートシティ。それは、よからぬものを含めた数多の情報量をはらむ演算装置であり、人々の外部記憶装置だ。

塔を建て、経典を収め、護る。かの時代のSECOM、防御のサーバはここにあった。

雨に打たれる直面(ひためん)

雨が好きだ。晴れ女だけれども。

特に今の時季の雨はよい。紫陽花が雨を直に受けるほどに艶やかに、華やかになる。紫陽花の葉も雨音を立ててみずみずしく、鮮やかさをいや増す。

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雨が宿る、雨の巣に想えてくる顔立ち

 

映画「犬王」も、雨から始まる。

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引用元

https://inuoh-anime.com

 

室町時代。世界最古のミュージカル、能楽がうまれた時代。食文化としては、醤油が生まれた時代。

味覚細胞は脳と腸にもあるという。味覚が変わることはアラート、護るものに対するセンシング機能が変わるということだ。

 

猿楽の一座に生まれた、犬王。実在の人物である。

その容姿はいわゆる異形。混沌としており、世間には受け容れ難いものとして扱われる。芸が磨かれるたび、歌舞くたび、それが熱狂と喝采で世に受容されるたび、混沌はひとつひとつ解かれ、鎮められてゆく。その様子は、いわゆる外れ値とされた存在が、社会性や名声を得る過程の比喩にも思えた。

 

泥の中でも咲く蓮のように超然とした、心揺さぶる美が形作られてゆく。

「美を尽くすな」という言葉がある。「貪るな」という意味だそうだ。

 

https://youtu.be/R8L_HgB0H8c

このトレイラーの躍動で、刮目することを決めた。

 

名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実ひとつ。その調べが耳から離れない。

 

名を取った者と、名を護った者と。

美を希求した彼らは、何を貪ったのか。

 

声なき声を聴くということ。念が寄り付くという業。昇華して放つ熱量。メディアとしての身体、声、舞。

 

大阪でもかつて、「残念様」が流行したという。多くの命と日常を散らした無念を想い、人々は物語を拾う。

三者の発話によって、初めて伝わる「言い難きもの」が確実に、いつの世にも、ある。演者を介することで、距離感を保って交感できるのだ。

古代ギリシャの円形劇場は、医療施設の一部だったそうだ。心を護るために、人は演じるのだろう。

ちなみに、犬王役のアヴちゃん公式Twitterによると、ご自身は平家の出らしい。

まさに600年ぶりの邂逅。

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引用元https://twitter.com/qb_avu/status/1534432268181458944?s=21

 

ところで犬王に関する記録は極めて、少ないらしい。

醜いとは、見えにくい、見難いが語源だという。見え難いとされるものほど、記述に耐えられない。深奥すぎて。

 

しかし、犬王の最期に「紫雲が立ち昇った」とは、書き残されているそうだ。そのように触れずにはいられぬほど、その素顔と生き様は凄まじきことだったと想う。

 

原作小説 平家物語 犬王の巻

https://amzn.to/3azh7qo

 

#犬王 #犬王見届けようぜ #犬王フェス

#アヴちゃん #女王蜂 #森山未來

#湯浅政明 #松本大洋 #野木亜紀子 #大友良英

#古川日出男 #平家物語

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女王からのひと言

エリザベス女王の在位70年を記念し、さまざまな報道がなされている。

 

https://youtu.be/71Shcin-FPk

パディントンとのティータイム動画は、チャーミングな女優ぶり

 

ところでその女王そっくりのマダムが、知人にいる。

ニックネームはもちろん、エリザベスだ。

いわゆる佳いお生まれで、お仕事をした経験はなくお輿入れ。品よく、かつちゃきちゃきしたチャーミングなお人柄だ。

ときおり、突拍子のないことをおっしゃるけれど、不思議と嫌味がないのが魅力のひとつ。

 

そんなマダムは、夫君の転勤でロンドンに住まわれた経験がある。そこで覚えられたブリッジは、今でもお好きだ。

 

そんなわたしのエリザベスが、ふいに貸して下さったことのあるご本。

 

ロンドンはやめられない (新潮文庫)

https://www.amazon.co.jp/ロンドンはやめられない-新潮文庫-高月-園子/dp/4101334617

 

 

駐在経験者の女性の生々しい、リアルな実体験が軽妙な文で綴られていたのを覚えている。

 

もっと鮮明に覚えているのが、ご本をお返しした際のわたしのエリザベスからの一言だ。

 

「人はみんな、群れんのよ」。

※江戸っ子の女将のイメージで脳内再生してください

 

手元狂わず、私の心の真芯をとらえたそのことのはの情報量の厚み、説得力といったら!

 

ふと、思い出してしまった。

お元気でいらしてください。

thank you  for everything.

 

https://youtu.be/-tJYN-eG1zk

QUEEN